大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和51年(行ウ)7号 判決 1977年12月26日

原告 古田忠一 外四九名

被告 大分県知事

主文

原告らの訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四九年一二月二六日付でなした請求人長谷川一夫の請求に係る相手方中津市漁業協同組合の臨時総会決議の取消請求を棄却するとの決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立

主文と同旨

2  本案の申立

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らはいずれも訴外中津市漁業協同組合(以下単に「漁協」という。)の組合員である。

2  昭和四九年三月二九日漁協は臨時総会を開催し、そこで「昭和四八年大分県指令漁第二六五九号をもつて中津市漁業協同組合に免許された共第二号共同漁業権のうち大新田地先水面に対する共同漁業権を放棄する」旨の決議(以下「本件決議」という。)が成立した旨主張している。

3  しかしながら、水産業協同組合法(以下「水協法」という。)四一条三項および漁協定款三九条四項によれば総会招集の通知は「その会日の一週間前までに」しなければならないところ、本件総会開催の通知は開催日の六日前になされたにすぎず、その招集手続は水協法および定款に違反し違法である。

4  よつて、昭和四九年四月二四日頃原告らは被告に対し水協法一二五条所定の総組合員の一〇分の一を超える組合員の同意を得て前記決議の取消請求をなしたが、被告は同年一二月二六日付で右請求を棄却した。そこで、昭和五〇年二月二四日原告らは農林大臣に対し右棄却決定に対する審査請求をなし、同大臣は昭和五一年七月二七日付で同請求を棄却し、右棄却裁決は同月末日原告らに到達した。

5  本件総会招集手続には強行法規たる水協法四一条三項の法定期間の不遵守という取消原因に該る瑕疵があるうえ、同瑕疵は、後日適正な手続に基づく総会が開催されていた場合には前記決議は成立が困難となるか又は相当遅れざるを得ず、その決議内容も本件決議と同じ結論に到達したか否か必ずしも明確ではなかつたために、その違法が強く指摘されながらもあえて同日の総会で決議を強行しなければならなかつたという程の実質的な影響を及ぼすものであつたのであり、この点からも取消原因に該るものである。

6  一定集団内においては個々の賛成意見と反対意見は時と共に互に流動し、変転することがありうるので、かかる集団における最終的な意見というものは一定の手続を履践したうえでその手続を通じて形成された賛否の結論として、いわば擬制したものというべきであるから、期間不遵守のような手続的瑕疵がある場合にはそのこと自体で右擬制は破れざるをえず、被告主張のような実質的考察になじむものではない。

被告主張のような本件決議に至る経緯等からすれば、本件総会当時も賛否両論の力関係は必ずしも容易に確定し難い流動的な状況にあつたことが明白であり、本件決議を漁協の最終的な意思決定と評価するには、法および定款の規定に従つた手続を履践することが不可欠である。

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告の本案前の申立の理由および請求原因に対する認否

1  本案前の申立の理由

(一) 水協法一二五条一項によれば、総会の招集手続が法令ないし定款に違反することを理由としてその総会の決議の取消を請求するには総組合員の一〇分の一以上の組合員の同意を要し、同意者が一〇分の一未満であるときは取消請求権は存しない。

(二) 同条の法意は、組合員が総会の決議取消請求の申立時に一〇分の一以上の同意者を要するのは勿論、行政庁が右申立に対し裁決をなす時にも同様の要件を満すことが要求されているのである。従つて、取消請求の同意者がその同意を撤回し、同意者の数が総組合員の一〇分の一未満となつた時は、その時点において決議の取消請求権は喪失すると解される。

右の理は、行政庁の請求棄却の決定後行政訴訟(決定又は裁決取消請求)に移行した場合にも同様であつて、当該訴訟の係属中に同意者が適法にその同意を撤回し、同意者が総組合員の一〇分の一に満たなくなつた時は、その時点において決議の取消請求権は喪失したというべきである。

(三) 水協法一二五条の定める「一ケ月」の期間は、組合員が決議の成立過程の瑕疵を問責するかどうか、問責するとして、これに賛同する組合員が何名いるか等について検討調査し、取消請求をしようとする者はその期間内に、後に翻意する者のあることも慮つてこれに同意する組合員を確定して請求すべき義務のある期間であり、従つて右の期間経過後にも無制限に同意の追加を認めることは法の趣旨に反し認められないが、一方、同意の撤回はこれを許したとしても何ら法的安定性を害するものではないし、決議の取消請求者が後に翻意して、同請求を取下げることが許されることは当然であるが、この請求の取下こそ正に同意の撤回と同視すべきものであつて、この点からも同意の撤回は許されるといえる。

(四) ところで、本件決議の取消請求が被告に対してなされた当時、総組合員数六六二名、決議取消請求者が二名、同意者は八四名であつたが、その後請求者一名が請求を取下げ、同意者五四名が同意を撤回したため本件決定時には同意者は総組合員の一〇分の一に満たなくなつた。

本訴提起時における原告らの数は七七名(その内訳は、本件決定時における請求者が一名、同じく同意者が二五名、同意の撤回者が一〇名であり、本件決定に至るまで同意していなかつた者は四一名である)であつたが、その中二七名が適法に訴を取下げ(同意の撤回)た結果現時点における原告らは五〇名(外に同意者は五名)となつた。

以上により、原告らの取消請求権はすでに喪失している。。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1、2、3は認める。

(二) 同4項の事実は認める。但し、決議取消の請求は原告長谷川一夫が総組合員の一〇分の一以上の同意を得て行つたものである。

(三) 同5項の事実は否認する。

三  被告の本案の主張

水協法四一条三項および漁協定款三九条四項の「総会招集の通知はその会日の一週間前までに、その会議の目的たる事項を示してこれをしなければならない。」と規定した趣旨は、組合員の総会出席の便を図ると共に、組合員に対し、その会議の目的たる事項について予め十分な準備検討の機会を与え、もつて議決権の適正妥当な行使を実現することにあり、たとえ、総会招集手続に瑕疵があつたとしても、その瑕疵が軽微で議決の結果に影響を及ぼさない限り、その決議は有効である。

ところで、本件決議の対象である漁業権放棄の問題は、昭和四八年五月三〇日の漁協の通常総会および同年六月六日の臨時総会において激論が交されたが採決されるに至らず、そのため、役員全員が引責辞職した。漁協は同問題に関し、昭和四九年二月一七日から二〇日にかけて組合員全員に対し漁業権放棄の趣旨および位置(図解入りの地図)を示して右放棄に関する同意書の提出を求め、多数組合員の同意を得たうえ、最終的に総会の議決を得るべく同年三月二〇日の臨時総会で同議案を提案し、十分審議されたが採決されるに至らなかつたので、引続き同月二九日の本件総会において同議案につき採決の結果四〇九名の賛成を得て本件決議が成立したものである。

以上の経緯、漁協の内部事情等を総合すれば、本件漁業権放棄の問題は、昭和四八年以来漁協組合員の最大関心事であつて、各組合員は本件総会までにこの問題につき十分調査検討ができ、右問題につき態度を事実上決定していたこと、実質的にみれば、本件総会は同年三月二〇日の臨時総会の続会であると言えること、本件招集通知は法定の期間に一日不足しているだけでその瑕疵は極く軽微であること、およびその瑕疵が本件決議に全く影響を及ぼしていないことが明らかであるといえること等から本件決議は有効である。

四  被告の本案前の申立に対する原告らの反論

本訴が原告らを含む総組合員の一〇分の一を超える合計七七名の漁協組合員によつて提起せられたこと、その後二七名の者が本訴の取下をした結果原告らの数が五〇名に減じたことは被告主張のとおりであるが、本訴の訴訟要件としては、議決の取消請求時に一〇分の一以上の同意者があつた以上その請求は確定的に有効であり、その後の事情の変更(例えば取消請求の同意を撤回すること)は取消請求の有効要件と何ら関係がないものである。何となれば、水協法一二五条は明文上取消請求自体の要件として一〇分の一以上の同意を要求しているにすぎず、取消の要件としているものではないこと、しからざれば、実際には五割以上の同意者がある場合でも、取消を請求する側は、期間の制約もあることであり、一〇分の一以上の同意を得れば、これで充分であるとしてそれ以上の同意を徴することなく請求に及ぶが、その後になつて同意の撤回を認め、一〇分の一未満になると請求が不適法になると解するのは潜在的な同意者の意思を無視することになり不当であること、同条に基づく請求及び同意並びにこれに対する処分の効力は対世的であり、現に、株主総会決議取消請求訴訟が、その対世的効力の故に、請求の放棄が認められないと解されていること等を勘案すれば、同条には、同意の撤回という観念を容れる余地はない(仮にこれを容れると解しても、せいぜい同意の追加の余地のある議決後一ケ月以内に限る)と解するほかはない。

第三証拠<省略>

理由

一  本案前の抗弁につき判断する。

1  水協法一二五条は、組合員は総会の招集手続が法令もしくは定款に違反する場合にはその議決の日から一箇月以内に、総組合員の一〇分の一以上の同意を得てその取消しを行政庁に申請することができる旨を定めているが、同条項にいう「一〇分の一以上の同意」の法的性質がいかなるものであるかは、法文上必ずしも明確でないので、同法の法意並びに水協法の法目的からこれを理解するほかないものと考えるので、以下この点について判断する。

2  ところで、水協法は、右一二五条の外、組合員が総組合員の五分の一以上の同意を得て、理事に対し、総会の招集を請求し(同法三九条)、あるいは一〇分の一以上の同意を得て行政庁に対し、組合業務又は会計状況の検査を請求(同法一二三条)し得る旨、また同じく一〇分の一以上の同意を得て、理事に対し参事又は会計主任の解任を請求し(同法四七条)、さらには、組合員が総組合員の五分の一以上の連署を以て、その代表者から役員の改選を請求し得る旨(同法四四条)各規定しており表現上、四四条と他条文とは異なるもののいずれも一括して協同組合における組合員の「共益権」中の「少数組合員権」と解せられている。

そして実定法上同権利に類似する規定として、一方においては、営利法人を規律する商法上の少数株主権(同法二三七条、二五七条三項、二八〇条、二九四条一項)が、他方、公共団体を規律する地方自治法において直接請求権(同法七五条、八一条、八六条等)が各規定せられるところ、水協法一条、四条の規定の趣旨から考えて同組合が営利を目的としないことは当然であるが他面同法一一条、一七条等に明らかなとおり組合も一定範囲の事業と漁業経営をなし同法五六条により組合員が組合に対し出資額に応じた配当請求権(自益権)を有する点等を合わせると、前記「少数組合員権」の本質はむしろ前記少数株主権に近いものと解される。

そうすると同権利は「共益権」と呼ばれるものの組合員各自の前記配当請求権、組合事業利用権等の「自益権」を保証する性格を有することはこれを否定し得ず、前記一二五条の「一〇分の一以上の同意者」なる要件は、右共益権の上記の性格の故に少数派組合員による濫用により組合の正規の運営が阻害せられることを慮つての制限規定と解せられる。

そうであるなら、組合員は同法一二五条の請求に同意することも又一旦なした同意を「撤回」することも共益権行使が究極のところ前記少数派組合員の個々の利益のための制度でもある以上、その自由と言うべく、右撤回により他組合員の利益が害されることになつたとしても同撤回を禁止し又は無効とまで言うことは出来ない。

原告は株主総会決議取消請求訴訟との対比において、同意の撤回は許されない旨主張しているが共益権の性格を以上のように解する限り、採るを得ないし又仮りに原告主張の立場によるとしても請求の放棄等の弁論主義に属する行為が制限されると言うだけで訴の取下までも出来ないとは言つていないことや更に水協法より公共性の強い前記地方自治法上の「直接請求」についても同法施行令九五条等において「署名の取消」まで認めている点から考えても同意の撤回は自由であると言うべきである。

さらに、原告は、右のとおり同意の撤回の自由を認めると、同意の撤回により顕在的同意者が一〇分の一未満になつた場合、行政庁に対する請求期間が一箇月である関係上、同期間経過後は、手続的に現われない潜在的同意者が一〇分の一以上あるのに、その追加が許されず、不適法な請求と解され不当である旨反論するが、同法一二五条の趣旨からして、一箇月の期間内に全同意者を確定した上、請求に及ぶことを予定しているのであつて、同法は、この期間内に請求の同意を表明しなかつた者まで救済の対象としていないのであり、右期間経過後、同意の追加を許容するときは、右法条の趣旨を没却し、いたずらに手続を混乱させ、法的安定性を害する結果を招来するものとして許されないといわなければならない。

水協法一二五条の請求権の性質並びに同意の趣旨が右のとおりである以上、一〇分の一以上の同意の法的性質は、取消請求申立の有効要件、すなわち取消請求の際に一〇分の一以上の同意があればその取消請求は確定的に有効なものとされるのではなく、取消請求の有効要件として、取消請求の当否の判断時に存在することが必要とされるものと解するのが相当である。

そして、前記のとおり共益権が一面で個々の組合員の自益権保護をも目的とすると共に他面これが少数組合員権として制限されることにより組合の正規的運営の能率化、安定化が害せられないように計られている法目的から考えると、同法一二五条にいう一〇分の一以上の同意を要するとする制限は、単に行政庁での争訟段階のみでなく、右行政庁のなした決定の取消を求める抗告訴訟の段階においても適用があるものと言うべく同訴訟に至つて我かに前記正規運営の安定化が無視されていいと言う理由はない。

したがつて、右抗告訴訟にあつても、同法一二五条に規定する総組合員の一〇分の一以上の同意者の存在は右抗告訴訟の訴訟要件の一と解するのが相当である。

二  これを本件についてみるに、漁協総組合員数は六六二名、本訴提起時における原告数は七七名であつたところ、原告中二七名の者が後に訴を取下げ(同意の撤回と認められる)たことにより、漁協の決議取消を求める者は本訴原告ら五〇名と決議取消請求の同意者五名の合計五五名であることは当事者間に争いがないから、本訴請求に同意している者は、総組合員の一〇分の一未満であり、水協法一二五条の要件を欠くことは明らかである。

よつて、原告らの本訴請求は本案について判断するまでもなく不適法な訴としてこれを却下することとし、訴訟費用については民訴法九三条、八九条により原告らの負担とすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田畑豊 弓木龍美 児嶋雅昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例